我々日本介護福祉グループは創業から約5年で、直営事業所18事業所、加盟店283事業所の計301事業所(平成22年11月現在)の
一大チェーンへと成長を遂げることが出来ました。他方で、その急速なる業容の拡大に伴い、
組織のあらゆる部分に制度疲労が生じた為、2010年7月より、経営企画室を中心として「経営改革プラン」を立案し、
組織のフルモデルチェンジに着手致しました。
「経営改革プラン」は当初計画より一部の施策で若干の遅れはあるものの、着実に組織改革を実行しております。
しかしながら、組織の急拡大に伴う制度疲労と、経営改革に伴う仕組み化を要因として、当社の最大の強みである
「強い組織風土」に変化が見え始めました。特に大きな風土課題と認識している点は2つあります。
1つは、組織の拡大に伴うセクショナリズムの発生であり、もう1つは、
各社員のベンチャースピリット・経営者マインドの低下であります。
上記2つの課題は、徐々にその萌芽が見出され、日々の社内の様々な場面で感じることが多くなってきました。
まだ組織全体に蔓延している状態ではない段階において、この萌芽を確実に摘み取り、当社の強みである「強い組織風土」を取り戻し、
創業時の社風を未来永劫失わない為の組織風土作りを行わなければなりません。
そのために、クロスファンクショナル(部門横断)プロジェクトを創設し、部門間の壁を取り払い、
社員個々が経営への当事者意識を持ち、ベンチャースピリットで積極果敢に働ける組織風土を定着させることと致しました。
| 氏 名 | 飯野秀幸 |
|---|---|
| 生年月日 | 1970年3月2日 |
| 血液型 | B型 |
| 出身地 | 山梨県 |
大学は駅伝で有名な山梨学院大学出身。かの有名な故オツオリ選手と同じゼミでした。 朝連しているオツオリさん(ランニング)と通学している私(車)とで競争するのが日課でした。
| 平成4年 | 大学卒業後老舗製造会社に入社、営業部への配属でしたが、現場至上主義であった会社方針により現場にて製造業の職人として修業。先輩職人のしごきに根をあげそうになるが、何の計測器具もなく100分の1ミリを触覚のみで感じられるようになる頃から職人業の面白さにはまりました。同時に妥協を許さない先輩たちの仕事ぶりから現場業務の大切さを一から学びました。 |
|---|---|
| 平成7年 | 尊敬する上司の退職とともにかねてから挑戦したいと思っていた住宅メーカーに転職。営業マンとしてもそうですが、住宅という人生最大の買い物を通じてお客様より人間力の大切さ、信念を持つ事の大切さを学ぶ。エンドユーザーとのお付き合いを通じ在籍8年間で72棟受注、各年毎優秀賞受賞。 |
| 平成15年 | 大手介護会社に入社。介護現場の現状、介護経営の現状をつぶさに見、業界に携わる者として、今後の日本介護を背負って行くことへの強い使命感を感じる。 |
| 平成20年 | 株式会社日本介護福祉グループ入社。人材支援事業部、人事部を経て現職。 |
企業は人なり、会社を形成するもっとも大切な資源として人材は最上位に取り上げられます。
私が社員研修プロジェクトを担うに当たり、弊社社員には『日本人としての誇りや人間的魅力の大きい人材』
となってほしいと節に願っております。
プロフィールにも書きましたが、私が社会人としての一歩を踏み出した企業は窯業業界では老舗といわれる会社で、
創業は昭和初期、ハイテク商材も取り扱いはありましたが、
鉛筆の芯の製造などを行っている現場至上主義をモットーとするある意味一種の道場でありました。
現場の職人さんが作ってくださった商品を想いをこめてユーザーに届ける事の大切さ、
伝わった時の充実感はこの頃から教えられてきたといっても過言では御座いません。
そしてこの経験から、どんな職業においても現場職人は最上位に位置づけられると考えています。
この様な考えのもと、私自身学び続ける事の大切さ、常に自己反省し、謙虚で、決して妥協せず、
諦めない人間でありたいと思っています。
今、当社において、人材の教育は最優先かつ永遠の課題です。
当社のみならず、労働集約型事業である介護業界においてはいかなる企業においてもその重要度は高いと確信しています。
各企業の人事担当者はいかに優秀な人材を多く確保するかに日々頭を悩ませている事かと思います。
我々もこの想いには全く同じものがあり、日本の介護業界の未来はいかに多くの人々が介護に興味を持ち、
大切さを感じて飛び込んできて頂けるかに懸かっております。
ゆえに、日本介護福祉グループではグループ全体が、『目配り』『気配り』『心配り』の出来る『介護職人』を要する事業所、
そしてその魅力を日本全体に正しく伝える事の出来る社員として、当り前の事を当り前に、
徹底的にできるよう日々成長を目標としております。
特に、全ての模範となる本部社員の教育活動において、今以上に社員の意識を高く、奥行きを深くしていく所存です。
日本人全員が介護に困る事の無い社会、もっともっと日本が元気になれるよう。高い価値観と諦めない強さを追求していきたいと思いますので、皆様、御指導御鞭撻の何卒程宜しくお願い申し上げます。
| 氏 名 | 早川和宏 |
|---|---|
| 生年月日 | 1973年2月26日生 |
| 血液型 | O型 |
| ブログ | http://ameblo.jp/hayakawa-kazuhiro/ |
人に伝える程の学歴は無いし勉強をした記憶もありません。学生時代はアルバイトに明け暮れ、物欲が無いためか、
形に残らないものにお金を使う傾向があります。バイト代はもっぱら海外旅行に費やし、貴重な経験とその時の思い出は忘れられません。
プライベートと仕事を併せると21ヶ国に訪問経験あり。海外との関係に興味を持ち輸入業を目指し、切花の輸入を専門とする商社に就職しました。
海外から珍しい切花や、カーネーションやバラなど、何千何万本単位で全国の花市場に納めていました。花業界に約9年の経験を経て、
平成19年2月に弊社に入社しました。
弊社へ応募した動機は、経営に携わりたい、そして社会を変える勢いが感じられたためです。採用された理由は、現会長曰く「直感」とだけ、
短い面接で決ったので本当の理由は分かりません。むしろ勝手に働いてきる気持ちでいます。
事務所は、マンションの一部屋から始まり今日に至っています。全国に茶話本舗の事業所が急速に増え、新しい動きがいろいろ起こるなど、
激動の日々でしたが、私は仲間に恵まれ、楽しく仕事をしています。創業者の思いや会社の理念に共感した者達が集まり、その仲間に愛され、
励まされ、協力してもらいながら今日に至っています。志のある仲間に囲まれ、理念に共感していただいている加盟店様と伴に、
今後も介護業界の為、会社の為に慢心する所存です。
弊社は普通の会社ではありません。介護業界を変革し社会に何かを成し遂げることを考えている会社です。思いを持った方々と、
社会が変わる常識を変える仕事がしたいと思っています。
理念浸透プロジェクトに求められているのは、創業から大切にしている理念を守り続け、各職員に浸透させる事です。
そして当社の最大の強みである「強い組織風土」を継続し、常に創り出さなければなりません。会社が未来永劫あり続け、
働く職員が成長し幸せになる為にも、理念の浸透を大切にしたいと思います。
強い組織風土とは何でしょうか?
弊社の職員は経営者と同じ立場で考え、高い視点を持ち、同じ問題意識と危機感で、
自ら行動する者達の集まりでなければなりません。そして、社会で起きている問題、今後起きるだろう課題や問題を先読みし、
解決するための環境を創り上げる人材の集まりと考えています。今日まで多くの障害を乗越え急成長してきましたが、
その理由は問題を前にして立ち止まらない強い組織があったからだと確信しています。
会社が大きくなり、職員も増え大きな組織に成れば、多くの会社で理念浸透の難しさが生じます。
合理化とシステム化が進み、セクショナリズムの発生と職員の顔が見えない状態は、理念の無い脆い組織でしょう。
どのようにプロジェクトを進めるのか?理念浸透は一過性で成し遂げることは出来ません。
考えられる施策を継続的に繰り返し行う必要があります。
まず各職員は、「何のために仕事をしているのか」
「何をしたいのか、そのために努力して追求しているのか」を考えて頂き、その目標を遂行するための決意と覚悟を持ってもらいたい。
そして各自の思いを仲間と話し、仲間同士のコミュニケーションでお互いを知り、会社の目指すべき方向と各自の思いの実現の為に行動して欲しい。 創業者や社長は、経営者としての思いや会社の理念、会社の存在する意味や求める人物像を常に発信してもらいたい。
そして、各職員は仕事や仲間に興味を持ち、社長や経営陣の視点で考える意識を持つ必要がある戸考えます。
最後に、なぜ私がリーダーなのか?創業当時から創業者と社長と一緒に頑張ってきました。
常に近くにいる存在であったことで、甘えが生じ大切な物が見えていない時期もありました。
そのような過ちに気付いた自分が、最もこの役に適しているからだと考えています。
愚直に草の根から社長の考え、会社の理念を伝えて行きたいと思います。
| 氏 名 | 石川幸俊 |
|---|---|
| 生年月日 | 1977年8月2日 |
| 血液型 | A型 |
| ブログ | http://ameblo.jp/yukkiebox/ |
| 1996年 | 神奈川県立東金沢高等学校 卒業 |
|---|---|
| 1996年 | 株式会社アメリカンハウス 入社 調理師・キッチンチーフ |
| 1999年 |
株式会社トゥモローランド 入社 販売・ビジュアルプレゼンテーション |
| 2007年 | 有限会社地域福祉整備センター 入社 介護職 |
| 2008年 |
株式会社日本介護福祉グループ 入社 (当時 株式会社フジタ・エージェント) |
| 2010年 | 同社 取締役FC事業本部長就任 |
| 2010年 | 現在に至る |
高校卒業後、アルバイトとしてキッチンでの調理補助・ホールでのゲスト対応の業務を学び、新店舗開店に伴い、正社員に登用。キッチンでの経験を重ね、キッチンチーフとして30名のキッチンスタッフを管理。予てから興味を強く持っていたファッション業界へ転身。販売員・店舗のディスプレイ部門を兼務し、本社販売促進部ビジュアルプレゼンテーション部門へ異動。全国52か所の直営複合店のウィンドウディスプレイのプランニング・施工・海外でのバイイングを手掛ける。その後、介護業界へ転身。介護職員として現場業務を経験し、日本介護福祉グループへ入社、半年間直営事業所管理者として事業所の立ち上げを経験し、本部へ異動、品質管理者として加盟店支援を経験後、取締役FC事業部長に就任、現在に至る。
私が本プロジェクトを進めていく上で、メンバー各々が“働くということ”に対してどのような意識で向き合うのか?によって、創り上げられるものは全く違うものになると考えている。
部門毎の評価指標を設定するにあたり、各セクションの業務内容と役割を整理する必要があるが、役割分担を追求しすぎても個々が“役割に対しての評価”を追求することになり“セクショナリズム”が発生してしまう。
先ず、メンバーに理解して戴きたいのが、セクション毎の役割はあるものの、一つの目的を達成する為の役割分担であり、全体での達成が成されなければ個々の評価も無いということ。他セクションとの連携・助け合いのもとに目標の達成があるので、必然的にセクションを超えた“視野・配慮・行動”が求められるということ。
それぞれの部署・担当業務以外の仕事でも、誰かの為に行う事が全体の為になり、己に還ってくる・本来あるべき評価がされる。それが職員のモチベーション向上に繋がる。
そんな評価指標を策定していきたい。
自分が人より多く請け負えば、自分がもっと強くなれば、全て解決する。そんなものは幻想に過ぎぬことを学び、あがいて、もがき抜いても己の力で掴めるものなど、いか程も無い事を知り、周りから知らず知らずにたくさんの“力”をもらい、助けてもらっている事を知らない限り、“誰かの力になりたい”とは本気で思えない筈で、我々は介護事業者として高齢者や御家族の力になるべく、使命感を持って業務にあたらなければ、日本はおろか、世界など変えられはしない。
組織の強さは一人の力で出来ているわけではないことを職員が当たり前に理解し、行動できる風土を醸成できるプロジェクトにしていきたい。