009|生きてこそ 〜皿山茶屋のものがたり〜

私が管理者になって間もないある日のことでした。

 

「自殺未遂をして現在入院中の方が居るのですが。同居の娘様がお仕事をされていて、日中一人で 自宅で過ごして頂くのは不安なので、そちらをご利用できないものかと」

 

新規のケアマネジャーから連絡を受け、翌日からMさんのご利用が始まりました。

 

 

退院後自宅には寄らず、娘様とケアマネジャーとに付き添われて病院から直接事業所にいらしたMさんの両腕には真っ白な包帯が巻かれていました。

当時95歳だったMさんはとても小さく、片目は閉じた状態で、自宅ではないこの場所が何処なのかを把握できないまま娘様に寄り添うように玄関に佇んでいました。

ケアマネジャーの話によると、剃刀で両腕を何回か傷つけられた後、自宅近所の川に顔をつけている状態で発見をされたとのこと。

娘様からは夜も不安なので泊めてほしいという希望がありました。

デイサービスのご利用自体も初めてとのことだったので、その日は私も一緒に事業所に泊まりました。

Mさんはなかなか寝付かれず横になってはベッドサイドに腰をかけてを繰り返していました。

 

私が、

「眠れませんか?」

と話しかけると、

「今ね、娘と一緒に住んでいるのだけれど。娘も身体が強い子じゃないから私が居ると迷惑がかかるんよ。だから死にたかったのに、誰かが私を助けてしまったの。助けた人には申し訳ないけれど、助けてほしくなかったんよ。」

Mさんは仰いました。

 

認知症状がほとんどないMさんの口調はしっかりとしていましたが、頬には静かに涙が伝っていました。

Mさんの気持ちに寄り添いたいのにこういうお話を聞くのが初めてだった私は、Mさんのこともまだ深く知らないままの状態で「そんなことないですよ」「大丈夫ですよ」等、その場しのぎの返事をすることも出来ず、その夜はただただ手を握ってMさんのお話を聞くしかできませんでした。

そんな風にしてその日は夜が明けていきました。

翌日、入浴の際に包帯を外すと傷口は化膿しており、手首には傷付けた痕が何ヶ所も残っていました。

日中、夜間に関わらずMさんは「死んでしまったらよかったのに」と繰り返し泣かれる日が続き、娘様は毎日仕事終わりにMさんに会いに来てはお隣に座ってTVを観たり、お菓子を食べながらお話をしたりMさんと二人の時間を過ごされていました。

Mさんも勿論そうですが、娘様ご自身も、知らない場所の知らない人達に大切なお母様を預けるという不安は大きかったことと思います。

 

どうしたらMさんは元気になってくれるのだろう?

どうしたら娘様を安心させてあげられるのだろう?

 

職員全員で悩み、考え、試行錯誤を繰り返しました。

時間をかけ、Mさんに寄り添い共に時間を過ごしていく中で様々な仕事経験や趣味を持っていたお話、お友達が多く世話好きであったお話等を伺い、事業所の中で役割をもって頂き主体的に生きて頂けるようにと、食事を作る際にはアドバイスを頂くようにしたり、みんなに編み物を教えて頂くようにしたりしました。

そんな風に毎日を過ごして頂く中で、Mさんが「ありがとう」を言うのではなく、「ありがとう」を言われる機会が増えていくにしたがって、  Mさんの笑顔も増えていきました。

 

 

しかし、そんな穏やかな日々は長くは続きませんでした。

11月、冬場の事業所は寒く、特に夜が冷えるとのことで、娘様とケアマネジャー様との話し合いの結果、Mさんは事業所を移ることになってしまいました。

あっという間の展開だったのと、「本人には言わないでください」という娘様のご希望から、 Mさんには何も伝えることが出来ないまま、お別れの日を迎えてしまいました。

 

もっと色々なことを一緒にしたかった。もっと過ごしやすい環境を作れるように工夫をすればよかった。後悔ばかりが残りました。

 

それから半年たった7月のある日、お仕事がお休みだったのでお買い物をしていると、偶然入ったお店でMさんの娘様にお会いしました。

 

「どこの施設も母には合わないみたいで、今は施設を転々としているんです」

娘様がそうおっしゃるので、

「皿山茶屋でよければ、いつでも戻ってきてください!」私はそうお伝えしました。

 

 

それから1ヶ月も経たないうちに、ケアマネジャーから連絡があり、再ご利用されることになり、私は 9ヶ月ぶりにMさんに会いに行きました。

 

「どうして黙って私を追い出したの?もう戻ったらダメなのだと思っていた。他の場所は地獄みたいなところだった。」

 

私の顔を見るなり、Mさんは泣きながら、そう仰いました。

 

再会から1年以上経ち98歳になった今でもMさんはデイとお泊りをご利用されながら、娘様との在宅生活を続けていらっしゃいます。

今まで、新しいご利用者様を受け入れる度に、ご利用者様各々の人生、過去があって、それを理解した上でその方らしく生きていけるお手伝いができたらいいなと、思っていました。

その想いは今も変わらないままですが、これからは後悔がないように、もっと深くまでご利用者様やご家族様と関わり、いつでも最善の提案ができるようになりたい。

そう強く思わせて頂いた    Mさんと私との出会いです。

 

 

 

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