005|砂町銀座 〜江戸亭のものがたり〜

これは僕が新卒で入社をして1年目の時のことです。

 

大学を卒業して初めての就職。介護の世界も初めてでしたが、なにより社会人として右も左も分からなかった僕は、日々色々なことを覚えることで精一杯。

無我夢中の毎日を送っていました。

そんな僕の最初の配属先である江戸亭で、僕はA様と出会いました。

 

 

A様はとても小さくて可愛らしいおばあちゃん。

90歳を超えているとは思えない程しっかりとされていて、ビーズでキーホルダーや手鞠等、いつも器用に小物作りをされていらっしゃいました。

ただ、ご主人が亡くなって住み慣れた街から引っ越していらしたとのことで、時々その寂しさからか、

 

「いつあの世からお迎えが来ても準備は出来ているから」

 

と呟かれていました。

口調こそおどけた感じではありましたが、やはりそういう時のA様はとても寂しそうに見えました。

 

 

そんなA様とお話ししている中で「砂町銀座」という言葉が時々出てきたので聞くと、A様が昔お住まいになっていた家の近くにある商店街とのことでした。

普段は言葉の少ない物静かなA様でしたが、「砂町銀座」のお話しになると活き活きとされ、昔話を嬉しそうにお話してくださいました。

 

「砂町銀座に行きたい」

「家の前を通るだけでもいいから、昔住んでいた家を見たい」

 

「砂町銀座」の画像検索結果

 

ある日、ふとした会話の中でA様がそうおっしゃいました。僕はA様の願いを叶えたいと思いました。

 

行きたいと思うのなら行くべき。やりたいと思うのならやるべき。

  A様の「したい」と思った事をしてほしいと思いました。

 

ちょうど12月に入った頃で、江戸亭でもお正月準備の買い物をどこでするか話し合っていたところだったので僕はチャンスだと思い、A様と砂町銀座に行かせてほしいとお願いをしました。
もちろん、誰も反対をする人は居ませんでした。

「一緒にお正月のお買い物をしに砂町銀座に行きましょう」

 

そうお伝えした時、「いいの?」と言って綻んだA様の表情は今でも強く印象に残っています。

 

翌週、僕はA様と砂町銀座に行きました。

車椅子を押して、A様の思い出が詰まった商店街をゆっくりゆっくり歩きました。

「このお店でいつも夕飯を買っていたの!」

「ここのお店は主人とよく来たお店!」

 

はしゃぐA様を見ていたら僕も何だか嬉しくなって、A様を愛おしく思いました。

だて巻き、かまぼこ、黒豆。栗きんとん。

合間にA様が通われていたという雑貨屋さんでA様の大好きな小物も買いました。

 

一通りの買い物を済ませ、車に戻って事業所に帰ろうとした時でした。

 

「見るだけで、前を通るだけでいいから、昔の家まで連れてってほしい。」

 

A様がおっしゃいました。時間が迫っていましたが、ここまで来たら行くしかありません。  A様の教えてくださった住所の付近に近づくと、

「この神社!いつもお参りしていたところだ!」

「砂町銀座 神社」の画像検索結果

さっきまであんなにはしゃいでいた         A様は涙声になっていました。

 

僕は車で前を通るだけなんて絶対ダメだと思い、車を停めました。そして車椅子を押して一緒に鳥居の前にたち、僕はA様と並んでお参りをしました。手を合わせているA様の横顔をちらりと見ると、夕日に照らされたA様の頬に涙が一筋光っていました。お参りを済ませた後、A様が昔お住まいになっていた家の周りを二人で一周しました。

 

「よかった。昔と何も変わっていない」

 

独り言のように呟かれたきり感極まっているご様子だったので、僕は声をかけず、ただただゆっくりと車椅子を押して歩きました。

 

帰りの車の中で冗談交じりに

「今日は本当にありがとう。これで本当にいつ死んでも悔いはないわ」

A様はそう仰いましたが、その表情に寂しさはなく、満たされたようなお顔をされていました。

 

後日、「あの日のお礼に」と言って手渡されたA様お手製の手鞠のキーホルダーは今でも僕の宝物の一つです。

 

僕たちは当たり前のように、行きたいところに行き、食べたいものを食べ、会いたい人に会えますが、ご利用者にとってはそれが「叶えたい夢」であったりします。

だからこそ僕はこれからもご利用者様の「したい」を見つけ、「したい」を「できた」に変えて頂けるように、ご利用者の手となり足となれる介護職員でありたいと思います。

 

 

 

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